グランテックとグラント・ピーターセンさんとの間には本当に繋がりがあるのだろうか

古今東西の自転車約100台が掲載されている『サイクルペディア』という本にはブリヂストン・グランテックの紹介ページも設けられていて、そこにはこのようなことが書かれてあります。

グラント・ピーターセンがブリヂストンの支店をアメリカにつくったのは、理想を追い求めた一途な野望からだった。(略)ピーターセンの自転車は、独創的でほかに類がない。価格も手ごろだった。たとえば、ブリヂストンのグランテックは、見た目もとても美しい折りたたみ車だ。

マイケル・エンバッハー『サイクルペディア 自転車事典』(ガイアブックス, 2012) p.40

グラント・ピーターセンさんはリヴェンデルというアメリカにある自転車ブランドの創始者で、昨年日本語訳版が再販された『ジャスト・ライド』という本の著者でもあります。

サイクルペディアの文章(あるいはその又聞き)から、グランテックはピーターセンさんが設計したものだと書かれている記事をこれまでにネット上で何度か見かけましたが、あるときピーターセンさんについて調べてみたところ、あれ? これは話としてどうも怪しいような……と。


ブリジストンサイクルUSAとグラント・ピーターセンさん

以下はネットに掲載されたピーターセンさんインタビュー記事からの引用です。

I started at Bridgestone in December 84, and before that I worked about nine years at REI in Berkeley.

1984年12月にブリヂストン、それまでは9年間バークレーREI(アウトドア用品専門店)で働いていた。

ブリヂストンサイクルUSAが設立されたのは1980年であり*1REIに勤めていた当時25、26のピーターセンさんが"ブリヂストンの支店をアメリカにつくった"というのはちょっと考えにくいと思います(というか、原文をみるとそもそもこれは日本語版の誤訳のようです*2

I rode a bike, worked at REI, wrote two regional where-to-ride books, and knew some people who helped me get a job at Bridgestone despite my unqualifications.

REIで働きながら自転車のガイド本を2冊執筆。その過程でブリヂストン入社への手助けをしてくれる人たちに出会った。

When I came to Bridgestone there were four people in the office and I was the only one who knew anything about bikes. Since we only had four others, a lot of people did a lot of things, but if it came down to anything having to do with bikes specifically or answering questions, then that was my area. That was one of the reasons I was hired: to be a bike person in a bike company.

ブリジストンサイクルUSAに入社した当時は社員4名、自転車について詳しいのは自分だけだった。何か"自転車"に関することを行う、あるいは質問に答えるといった場合それは私の担当であり、それこそがブリヂストンに採用された理由の一つだった。

Before founding Rivendell, Petersen made a name for himself in the U.S. bicycle division of Bridgestone Tires, where in 1984 he got a job doing data entry and answering customers' technical questions.

> リヴェンデルの創設前、ピーターセンはデータ入力や顧客の技術的な質問に対応するという職を得たブリヂストンサイクルUSAで名を上げることに。

当時のブリヂストンサイクルUSAのカタログを見ると90年代に入ってからだんだんとピーターセン色(?)が濃くなっていくのが見て取れます。インタビュー記事によれば、アメリカで生まれたブリヂストンの自転車のジオメトリ等はピーターセンさん自身が指定していた(そのうえで本職の人間が"本当にそれが機能するかどうか"を確認していた)んだそうです。

マスタッシュバーを装着したXOシリーズも登場するこの90年代はじめが、おそらく彼がブリヂストンで頭角を現した時期なのだと思います。

グランテックと実用新案

グランテック(のカタチをした自転車)の折り畳みフレームについてはブリヂストンサイクル株式会社の西村さん、島田さんの発案として1983年に実用新案が出願されています*3。このお二人がグランテック開発の主要人物だったことには疑いの余地は無いでしょう。

グランテックと鳥山新一さん

ピーターセンさんと同様に真偽がはっきりしない情報なのですが、イラストレーターの故・高橋けんじさんのXポストによるとグランテックの開発に鳥山新一さんが関わっていたという話もあったりします。

鳥山さんは自身が設立した「鳥山研究所」で自転車に関する膨大な調査、実験、設計をされてきた方で、ブリヂストンでは昭和38年にマスプロメーカーの旅行車(ランドナー)では日本ではじめての「まともな自転車」とされるSS10の設計を担当されています。高橋さんの別のポストによれば2000年頃までは自転車の試作を続けられていたようです*4

詳細は割愛しますが鳥山さんとブリヂストンサイクルのつながりは深く、NHK教育の『健康サイクリングを楽しむ』という番組では鳥山さんら出演者が使用する自転車としてグランテックが採用されていました。

ただ、上記冊子の中でグランテックが「サイクリング車(折り畳み式)」と紹介されている一方、別の著書『驚異のバイコロビクス』では「GR-27 女性向け変形スタガード型・折畳式フレーム」なんて説明をされていたりして、本当に鳥山さん関わってるのかなあという感じは正直あります。

可能性

グランテックが発売されたのはおそらく1983年末から1984年始めごろ(雑誌『ニューサイクリング』にニューモデル紹介の記事を掲載されたのが1984年2月号)。独自機構搭載の完全新作折り畳み自転車の完成までには、通常のダイヤモンドフレーム車よりもずっと多くの時間が掛かったものと想像します。

80年代のはじめ。アウトドア用品店に勤める傍ら自転車の本を執筆したりレースに参加していたピーターセンさん。支店ができて間もなく、自転車に詳しい人間は誰一人いなかったブリヂストンサイクルUSA。ピーターセンさんが外部の人間としてグランテックの開発に関わったという可能性は……無いと断言することは出来ませんが限りなく低いように思います。

「この製品には実はあの○○が関わっている」

いかにもマニアの心高ぶる逸話ですが、中には今回のように識者がそれっぽく書いていることであっても(もっとも、サイクルペディアの著者は本職建築デザイナーの自転車コレクターなんですが)調べてみると何やら事実とは違うようだぞと。そういう可能性があるということはひとつ頭の隅に置いておきたいところですね。

【2024/02/04 編集】